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山口城跡

もとまる

梶原景時が城主だったという説もある山口城。この先には戦国時代には竹中半兵衛に岐阜城を追われた斎藤龍興が逃げてきたと言われている祐向山城があります。また最近の研究では、山口城と中の城は一つの城であったと考えられています。標高345mの権現山に位置する山口城で狼煙を上げることで、周囲の城へ逸早く戦を知らせる役目も担っていたそう。城の周囲には幅2~6mの腰曲輪、下に位置する中の城との間には急激なアップダウンがあり敵の侵入を防ぐ様々な工夫がされていたという。そんな風景を想像しながら、山歩きを楽しんでみよう!また、御城印を道の駅「織部の里もとす」、道の駅「うすずみ桜の里・ねお」、モレラ岐阜内観光案内所で販売しています。山口城跡を訪れた記念に、おひとついかがですか。 

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